小籔千豊 嫁亡くなるは嘘! 母が亡くなる直前のプリンの話,そして安楽死について語る言葉が重い

cocori
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小籔千豊さんの母が亡くなる直前にプリンを食べたいと言ったこと。
急いで買いにいったけど、戻ったらもう食べてくれなかったこと。
そして安楽死に対する小籔千豊さんの想い。
とっても考えさせられます。
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小籔千豊 嫁亡くなるは嘘

「小籔千豊」で検索すると、
「小籔千豊 嫁 亡くなる」というキーワードが出てくるんです。

これは、多くの人が検索しているがためにキーワード化しているのですが、
実際に、小籔千豊さんの嫁が亡くなったという事実はありません。

おそらく、
小籔千豊さんのお母さんが、
小籔千豊さんが吉本新喜劇の座長になる前に亡くなっており、
そのときのエピソードをテレビでも話しているので、
母と嫁とを勘違いして検索する人が多かったのだろうと思います。

嫁は、
「今まで出会った女の中で3本の指に入るぐらいオモシロイ」
人なんだそう。

顔については、
「顔は2点。でも性格は100点」
と、フォローしながらもかわいくないということを明確におっしゃってますけどね。

奥さんは一般人なので、
顔画像や名前なども公表されていませんが、
テレビで小籔千豊さんが何気なく発する言葉から、
小籔千豊さんの奥さんに対する愛は、すごく感じるので、
きっととってもいい奥さんなんでしょうね。

小籔千豊 母が亡くなる直前のプリンの話

小籔千豊さんの母・英津子さんは、小籔千豊さんが吉本新喜劇の座長に就任なる前に亡くなっておられるのですが、
そのときのエピソードで、プリンの話があるんです。

英津子さんは、悪性リンパ腫にかかり、一年以上の闘病生活の末、亡くなっているんですが、
亡くなる4時間ほど前に、
小籔千豊さんの目を見て、

「プリン食べたいわ」

と呟いたのだそう。

小籔千豊さんは急いでバイクでデパートに行き、
閉店準備中だったお店に頼み込んでプリンを買い、急いで戻ったんです。
でも、病室に戻った小籔千豊さんがプリンとスプーンを差し出しても、
さらに危険な状態になっていた英津子さんは、プリンを食べられない状態だったんだそうです。

小籔千豊さんは、

「(英津子さんが)プリン好きなこと知ってたのに、今まで一回も買って行かず、死ぬ直前に言われて買ってきたけど、食べてもらわれへんかった」

と話し、
芸人仲間にも、

「親は明日死ぬかもしれへんぞ。シュークリームでもなんでもいいから、一回買うていってたほうが、親のためでもあるし、自分のためでもある」

と親孝行するように勧めているんです。

 

このことを、「プリン」という歌にもしています↓↓
[su_youtube url=”https://youtu.be/F9l_LlzisRA”]

 

 

大事なものはなくなったときにその大切さに気付く

と言われることがありますが、
まさにそうだったのかもしれません。

私自身、親を大事にしているかと聞かれると、「はい」とは答えられないです。
そういう人は多いのではないでしょうか。

照れくささから、
親に感謝を伝えるとか、
親に何かをするとか、
なかなかできないですが、
でもたまには、
たまには、
しなきゃですね。

小籔千豊 母が亡くなる直前のヘリコプターの話

そして、もう1つ。
小籔千豊さんと母とのエピソードがあるんです。
それがヘリコプターの話。

モルヒネを投薬されて意識が朦朧とする母の英津子さんが、何度も同じ言葉を繰り返したそう。
小籔千豊さんが15分ほどかけ、ようやく聞き取れた言葉は、

「ヘリコプターよかったなぁ」

だったんです。

幼い頃、南港(大阪市の港)に英津子さんとともに出かけた小籔千豊さんは
「大阪上空 一周5,000円」と書かれたヘリコプター遊覧飛行の看板を見つけ、興味を持ったという。
ただ、クリスマスにプレゼントを買わず、お年玉も渡さない方針だった英津子さんを思い、すぐに諦めたそうです。
しかし、意外にも英津子さんはヘリに乗るよう勧めてきたんです。
「高いで? これ」と気を遣う小籔に対し、
英津子さんは

「アホか。一生、生きててもヘリコプターなんか乗られへんかもわからんねん。こんなもん経験や、乗れ!」

とまくし立て、
無理矢理ヘリに乗せたんだそう。

英津子さんはそのときのことを思い出していたんですね。

小籔千豊さんは、
「子ども達には普通のことは経験させなくていい。よその子が経験しないことだけを経験させる」
という英津子さんの想いを理解したそうなんです。

ヘリコプターに乗ったことは、
母にとっても、小籔千豊さんにとっても、
一生残る思い出だったんですね。

小籔千豊 安楽死についての想い

あるテレビ番組で、
安楽死について取り上げたとき、
出演していた小籔千豊さんが、安楽死についての想いを語っていました。

小籔千豊さんの母は、悪性リンパ腫になりながらも、
家庭の金銭的な状況から当初は入院治療を拒否。
代替案として医師から提案された週に一度の注射による治療も「高いからエエ」と通っていなかったそう。
また、病状が悪化しついに入院した際も、延命治療を拒否し酸素吸入器を自身で外していたということです。

入院の報告は、
「私、入院するわ。一応、言うとくわ」
と電話で言われたそうで、

母のサバサバした性格を考え、その電話に違和感を覚えた小籔千豊さんは、
「あ、(母親は)死ぬんやな」と直感し、父親に確認の電話をいれると「うん、そうや」とあっさり肯定されたんだそうです。

死の直前、苦しむ母の姿を見て、
「安楽死っていうチョイスあるんやったら、さしたりたかったな」
と思ったことを話されていました。

「自殺はアカン」と否定しながらも、
苦しみながら死を迎えるよりは「スッと亡くならしたりたかった」と安楽死は肯定する姿がありました。

まとめ

母親が亡くなる

そのときに小籔千豊さんが感じたことは、
本当に大きいものだったのだろうと思います。

「プリン」という歌に、
小籔千豊さんの想いを込められていますが、
でも、それはほんの一部であって、
歌にできていない想いの方が多かったのだろうと思います。

そういう経験も経て、
今の小籔千豊さんがいるのだとも思いますが、
自分自身も、大事な人を
「今」
大事にしたいと感じました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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