猪狩ともか 看板の場所は東京都文京区の湯島聖堂!元救急救命士の父は「脊髄損傷だと言えばああ、ダメだなと直ぐに分かった」

仮面女子の猪狩ともかさんが強風で倒れた看板の下敷きとなり、脊髄損傷で両下肢麻痺となりました。
その事故現場について、そして救急救命士として働いていたこともあるともかさんの父のコメントについて、ご紹介していきます。

スポンサーリンク

猪狩ともかさんが事故に遭った看板の場所

猪狩ともかさんが事故に遭ったのは、4月11日午後1時45分頃。
場所は、東京都文京区の湯島聖堂付近の歩道でした。

聖堂敷地内の木製の案内板(縦2・8メートル、横3・8メートル)が強風で倒れてきたのです。
気象庁によるとこの日、都内は強風注意報が発令されるなど強い風にみまわれ、
午後1時10分の最大瞬間風速は23・2メートルでした。

倒れてきた看板はこちら↓↓

大きいだけでなく、重さもかなりありそうな看板です。

しかも、こんなツイートもありました。

このツイートをした方によると、看板の足元がさびていたというのです。

看板を設置していた湯島聖堂の責任や賠償などはどうなるのでしょうか。

スポンサーリンク

猪狩ともかさんの家族のコメント

猪狩ともかさんの父は救急救命士として働いていたこともあるそうです。
そんな方ですから、
事故直後に医師から負傷箇所の画像を見せられた時点で深刻な状況であることを理解していたといいます。

「画像を見た瞬間、がく然としてしまいました。目の前が真っ暗、当然、脊髄損傷だと言えばああ、ダメだなと直ぐに分かった」

と話しています。

 

もちろん、ともかさん本人にすぐに伝えることはできず、

ともかさんも自身のブログで

姉「治ったら一緒にメットライフドーム行こうね!」
父「お父さんは甲子園も一緒に行きたいな。」

私「また始球式があるとしたらそれまでに治るかな!?」
父「車椅子でも投げられるんじゃないかな?」
私「えー、嫌だよ。治して投げる!」
父「…まぁ今はリハビリを頑張ろう。」

と話したことを明かしました。

おそらくこの時点ではともかさんには本当のことは告げられておらず、
でもお父さんはわかっていたということがわかる会話ですよね。

 

お父さんは電話取材で、

「ステージにいつ立てるかなとか、治るのかなとか、これには間に合うよねとか、そればっかり言ってました。辛かった。辛かったです…」

と話されました。

また、

「うちの娘は本当にアイドルが大好きで、なかなか昇格できない時期があって普通ならそこで辞めちゃうんですけど、の娘はそれを諦めないで昇格するまでずっと頑張ってたんですね」

とも。

 

なかなかうまくいかない中でもあきらめずにがんばり続け、やっと道が見えてきたところでの今回の事故に、
家族としてもやりきれない気持ちが大きかったのではないでしょうか。

 

 

もし、自分が突然事故に遭い、車椅子生活になるとしたら。

 

誰しもが、自分には起こらないと考えてしまっていること。
でもそれが、ともかさんには起こってしまったという現実。

その現実を受け入れなければいけないともかさん自身もそして家族も、
本当に辛かったのではないでしょうか。

世間に公表することも勇気のいることだったと思います。

でも公表することに決め、前を向いて進んでいるともかさんを全力で応援したい。
本当に心からそう思います。

https://coco-ri.com/20180511e-igari-tomoka/
https://coco-ri.com/20180511e-igari-tomoka3/

スポンサーリンク

ネット上の声

ネット上ではこのような声が上がっています。

 

乙武洋匡さんも応援のツイートをされています。

武井壮さんは、車椅子をプレゼントすることを約束されたそうです。


スポンサーリンク

コメント