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坪田一男先生(眼科) レーシック第一人者の生い立ち!中高生時代の「ナンパ」が後に活きた!

ドライアイそしてレーシック治療の日本での第一人者であり、現在慶應義塾大学医学部眼科教授でもある坪田一男氏。
中学から慶應に入り、まじめに勉強だけをしてきた方なのかと思っていましたが、実は中高生時代には「ナンパ」もしていたとのこと。
そんな坪田一男氏の生い立ちを追いました。

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坪田一男氏のプロフィール

名前:坪田一男(つぼた かずお)
誕生日:1955年5月1日
出身地:東京都
家族:3男2女の父
学歴:
1971年 – 慶應義塾普通部卒業(中学校です)
1974年 – 慶應義塾高等学校卒業
1980年 – 慶應義塾大学医学部卒業
1985年 – 米国ハーバード大学 留学(87年まで)

眼科医として、角膜移植ドライアイレーシック、老眼治療、白内障の手術を専門にされ、
難治性の病気を治すことから、近視や遠視、乱視を治して快適な視力・生活を実現するための治療まで幅広く取り組んでおられます。

日本でドライアイについての認識が薄い頃から研究されており、
1990年にはドライアイ研究会を発足させ、ドライアイ治療に取り組んでこられました。

現在は、
慶應義塾大学医学部眼科教授
慶應義塾大学病院での診療や手術、
1997年に眼科専門医による初のレーシックの専門施設となった南青山アイクリニックでの手術顧問
そして、慶應義塾大学医学部の研究室と慶應SFCヘルスサイエンス・ラボのふたつの拠点で、iPS細胞を用いた再生医療から長寿遺伝子などの最先端の予防医学研究にも取り組んでおられます。

坪田一男氏の子どもの頃

坪田一男氏の学歴や経歴を見て、
幼い頃からまじめで勉強熱心な方だったのではないかと思われた方も多いのではないでしょうか。

私自身もそう思いましたし、
親も医師なのではないかと勝手に想像していました。

ですが、違ったんです。

坪田氏の家は、祖父の代からガラス問屋を営まれていたんです。

坪田氏の父が後を継いでおられました。

父親は義理人情に厚く、母親は明るく社交的な方だったそうです。

そんな家庭で育った坪田氏は、やんちゃな子どもだったそうです。
幼稚園の時、「うちの商売が繁盛するためには、よその家のガラスが割れればいい」と思い、他人の家の窓ガラスに石を投げつけたりしたこともあるそう。
もちろん、両親には叱られたそうですけどね。

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女の子とどうやったら友達になれるかを真剣に考えていた時代

中学と高校では、坪田氏いわく、遊び過ぎたらしいです。

中高生の頃は、男子校だったこともあり、女の子とどうやったら友達になれるかを真剣に考えていたそうです。

街でかわいい女の子を見かけると、乳酸菌飲料を用意して、エスカレーターですれ違いざまに渡す。反射的に受け取ってしまった女の子の元に舞い戻り、それをきっかけに友達になるという方法を思い付き、行動に移した。

なんてこともあるとか。
「ナンパ」ですね。
時代によって「ナンパ」のやり方も変わっていっているとは思いますが、
乳酸菌飲料を渡すなんて、ちょっと笑ってしまいますね。

でも、ナンパについては、このように語っておられるんです。

「ナンパってみんな悪いことのように感じるかもしれません。でも、僕の定義は自分が友達になりたいと思った人と友達になれる能力のことです。相手がどんな人かを探りながら、全然知らない人と会話するわけだから。僕の今の友達の80%は自分からアタックして友達になった人たちです」

確かにそういわれると、納得してしまいますね。
「ナンパを通して、コミュニケーション能力を鍛えていた!」ということなのかもしれません。

女性側からすると、でも結局ナンパでしょ。と思ってしまいますけどね。

父親の事業を継ぐのではなく、医学部進学を決めた

祖父の代から続いた「坪田ガラス店」を継ぐため、経済学部に進学するつもりだった高校3年生のとき、
父親にこう言われたそうです。

「一男、うちの会社はこれ以上うまくいかないから、他の仕事を探しなさい。手に職を持たないと、この先大変だぞ」

その言葉を聞き、医学部に志望を変更しました。

「とにかく、世界中を飛び回りたかった。医者だったら世界で通用すると思った」

中高時代はナンパに精を出していた坪田氏なので、
慶應高校から慶應大学への内部推薦からは外れ、外部受験を余儀なくされました。

エスカレーターで大学までいかれたのだと思っていましたが違ったんですね。

医学部進学のための勉強は大変だったようですが、
でも、それでも必死で勉強して現役合格するなんて、やっぱりすごいですね。

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眼科を選ぶ前に教授を選んだ

医師としての分野を決めるときには、悩んだ結果、
師匠、つまり教授で選んだそうです。

「実家がガラス屋で父が医者じゃないから、ガチガチの主流のところへ行っても合わないだろう。少しぐらい自分のユニークさを認めてくれる懐の大きな教授の下で学ばないと、潰れてしまうかもしれないと思いました」

眼科の植村恭夫教授を自分の師匠と決めたそうなのですが、

「植村教授が眼科だったので、眼科を選択しました。自分で師匠を選ぶと、とても気持ちが良いものです。『私のお師匠は植村先生です』と、誰に対しても胸を張って言えます」

と話されています。

いくら自分が勉強したい分野であっても、師匠と合わなければ勉強し続けることは辛い。
師匠を先に決めることで、そういった不安はなくなるということですよね。
医学の分野に限らず、日常生活のいろいろな場面で使える考え方ですね。

息子と娘にレーシックをプレゼントした

その後、ハーバード大学への留学もされ、
日本でのドライアイ治療を牽引されてこられました。

そして、レーシックの分野でも第一人者として活躍してこられます。
坪田氏の息子と娘には20歳の記念にレーシックをプレゼントしたそうです。

こちらはレーシックについての動画です。

 

 

『ごきげんに生きる』をモットーに、
男の子3人、女の子2人の父としてもパワフルに生きておられます。

「何かがうまくいったからごきげんだ、というのは他者に自分の人生をゆだねていることになります。何かの結果でごきげんになるのではなく、どんなときも自らごきげんを選択するのです。人生には思い通りにいかないことも多い。ただ、それを楽観的に受け止めるか、悲観的に受け止めるかは個人の選択次第です」

「精神医学ではうつ病などネガティブな心理や病気の研究が注目され、病んでいる人や苦しんでいる人を助けることに主眼が置かれています。私は、ポジティブな考え方がアンチエイジング、健康長寿にも関係しているという研究を進めていきたい」

と話されています。

病気の治療はマイナスをゼロにする医療。レーシックやアンチエイジングはプラスの医療。
プラスの医療を進め、
「ごきげん」な人がもっともっと増えるために、まだまだ坪田氏の挑戦は続くのだと思います。

 

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