大杉漣の息子はカメラマン!「親父はいつだって痛いとは言わない」

大杉漣さんが急死。死去された死因は急性心不全。という悲しいニュースが入りました。
大杉漣さんと言えば、バイプレイヤーとしてドラマでも大活躍され、北野武監督作品の映画にも出演されるなど、幅広いファンに愛されてきました。猫好きとしても有名ですね。
そんな大杉漣さんの息子である大杉隼平さんはカメラマンとして活動されています。
そんな息子さんについて調べてみました。

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大杉漣さんの息子である大杉隼平さんとはどんな人なのか

大杉隼平さんのプロフィールはこちらです。

名前:大杉隼平(おおすぎ しゅんぺい)
誕生日:1982年8月28日(39歳)
出身地:東京都
職業:写真家
所属:ザッコ

ザッコとは、大杉錬さんも所属する事務所で、
大杉錬さんら3人の俳優とスタッフ3人で業務をスタートし、その後スタッフや所属俳優が「一緒に仕事をしたいと思える人」に声をかける形でメンバーを増やしていったそうです。

「「雑魚のように、逞しく泳ぎたいと願う表現者の集団です。」というキャッチフレーズが印象的です。

隼平さんは、2004年からロンドン芸術大学で写真とアートを学び、帰国後はアシスタントを経て株式会社ザッコに所属。
現在は雑誌、テレビ、広告、CDジャケット、カタログ、宣伝写真などで活動されています。
また、「Leaves Work」を立ち上げ、自身が代表を務められており、写真展も全国各地で開催されています。

隼平さんが話している動画も見つけました。

父である大杉蓮さんに似ておられますね。


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大杉隼平さんの作品

写真家である隼平さんの写真をご紹介します。

3.11の大震災のときに撮られた写真がこちらです。

「あの惨状を見たとき、言葉にならない感情が沸き起こり、気付いたらシャッターを切っていた。」
「新聞で読んだ『瓦礫と書いて想い出と読む』という言葉が印象に残っていて、その意味を噛み締めながら撮っていましたね。」

と語られています。

隼平さんの写真には男性らしい力強さも感じますし、でもどこかさみしい雰囲気も感じました。
どんなものにも、強さや弱さ、うれしさや悲しさ、楽しさや怒り、などいろいろな面があることを思い出させてくれるような写真、
そんな様々な側面を隼平さんの視点で切り取った写真のように感じました。

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大杉隼平さんの父親である大杉漣さんへの想い

隼平さんはブログで、父親である大杉漣さんについてこのように語っておられました。

2013年6月3日のブログです↓↓

親父
【観て欲しい舞台があります。】
俺は小さい時から舞台に立つ親父が大好きだった。
舞台上の親父は圧倒的な存在感。仕事への向き合い方、そして1つ1つを大切にする事。
この歳になって親父から沢山を学び、言葉ではなく存在で示し続けるあの人の背中をいつまでも追い続けているんだなと感じます。大杉漣主演の舞台があります。同じ事務所で凄く素敵な役者・野村修一も出演します。
毎日2人は読み合わせ、稽古!
凄く難しい内容。でも今とても大切な事だと思います。

是非観に行って下さい。チケット若干ではありますがまだあります。

引用元:大杉隼平公式ブログ

誰しもが親に反抗する時期があり、そんな時期を経て大人になってはじめて、
親のことがわかるようになる、
親のすごさがわかる、
のだと思います。

隼平さんにとって、父・大杉漣さんは偉大な存在だったことがわかりますね。

小さい頃に見た舞台の上の父親
そして大人になって知る仕事をしている父親

子どもの頃には見えなかった舞台の裏側での苦労や努力を知り、
より一層、父のすごさを感じていたのかもしれません。

そんな父の近くで学べていたことは、隼平さんにとって幸せなことだったのではないかと思います。

 

そして、こんなこともブログで書かれていたんです。
2010年12月25日のブログです↓↓

あなたは

親父はいつだって痛いとは言わない疲れたとは言わない

本当の意味でプロフェッショナルであり続け

努力し続けてる

そんなことを誇りに思い、学ばせて頂いている

そんなあなたが足を引きずりながら舞台を続けたって

きっと本当に痛かったんだ

痛くて痛くて仕方なかったんだ

だけどきっと最後まで全力でやり続けて

ちゃんと形あるものにしたと思う

どうか長引かないように

そう思っている

明日、少しだけ会いに行きます

引用元:大杉隼平公式ブログ

父のプロとしての誇りや強さを感じながらも、
息子として父の身体を心配する気持ちが溢れていますよね。

隼平さんは、本当にお父さんのことが大好きだったんだなと感じました。

ただ、それと同時に、大杉漣さんのプロフェッショナルさが、
身体に無理をさせてしまった結果、
急死となってしまったのかもしれないとも思います。

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まとめ

大杉漣さんの死を私たちファンが悲しんでいるのはもちろんのことですが、
隼平さんはそれ以上に悲しんでいるはずです。

偉大な父からもっと学びたかったでしょうし、もっと一緒にいたかったのではないでしょうか。

隼平さんは、仕事で新潟県内に滞在していた時に訃報が届き、新幹線で帰京されたそうです。
「元気な状態から体調が急変してしまって…。急なことで頭の中の整理がつかない」
「役者やっている以外は、普通の父親。急なことで混乱していて。いないことが信じられない状況です」
と話されていました。

サイドに会ったのは3日前で、その時にも変わった様子はなかったということです。

突然の死になぜ?という思いが大きいですが、
今はただただご冥福をお祈りいたします。

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